少年A(1)

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 差し込む光が眩しくて、思わず手で顔を覆う。  体が痛む。  ああ、まだ生きているのだ、と気が付いて落胆した。  体を起こし、周りを見る。  見たことのない風景だった。  高そうな天蓋つきのベッドと、高そうなドレッサー。  窓際には小さな四角い机と、それに見合う椅子。  クローゼットは、造り付けらしい。きっちりとその扉を閉ざしている。  ぼんやりと眺めていれば、急にドアが開いた。  闖入者はオレの姿を認めるなり、柔らかく笑みを浮かべた。 「おはよう。と言っても、もう昼も近いのだけど。気分はどう?」 「…………」  答えようと、尋ねようと口を開閉させるが、喉が痛むばかりで、音が出ない。 「声が出ないのかい? ああ、無理してはいけないよ。紙とペンを出すからね、筆談といこう」  机の引き出しからノートと、上質な万年筆を取り出した。 「まず私から名乗ろうかな。私は、大路 海陽(オオジ カイヨウ)と言うんだ」  字はこうだよ、とノートに書き連ねる。  綺麗な、流れるような文字が、紙の上方に浮かぶ。 「君の名前は?」 (名前……ナマエ……)  おかしい。  声と同じで、名前が出てこない。  覚えてない。  名前も、住んでいた場所も。  唯一覚えているのは、死にたかったのに、死に切れなかった、という思いだけ。 「どうしたの?」 『なまえ、おぼえてない。どこにすんでたとかも、おもいだせない』  全部ひらがなで書いてしまったが、大路さんはそれを読んで、困ったね、と苦笑した。 「覚えていることはないのかな?」  尋ねられたことに僅かばかり逡巡し、けれど正直にノートへ綴った。 『しぬつもりだった。でもしねなかった。おぼえてるのは、それだけ』  書き終えた瞬間に、何故だか抱きしめられた。 「まだ、死にたい?」  原因も覚えていないから、死にたいのかそうでないのかも、自分では解らない。  そんな意味をも込めて、緩く頭を振る。  大路さんは、そう、と呟いて、さらに強くオレを抱きしめた。 「思い出しても出さなくてもいいから、ずっとここにいるといいよ。いや、居てほしい。私と暮らそう」  その提案に、オレは素直に頷いた。  他に行くあてがあるわけでもないし、死にたいと思っていたのなら、もと居た場所も、オレにとっては地獄だったのだろう。  オレの返事に、離れた大路さんは嬉しそうに笑っていた。
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