複雑怪奇の章

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……現代まで残された資料によると、女の気質は類稀な豪胆だった。 事実、自身が置かれた状況に戸惑うよりも、床に落ちた銀色の物体に興味を示し、それを手に取り、拾う。 「鏡……? それにしては使いにくいな。小さいな」 折りたたんだ二枚の鏡のような物体。覗き込むと鮮明に女の顔を映す。 女は額から分けた長い黒髪を揺らし、特異なほど長いまつ毛で鏡を見つめた。 後の世に生まれれば、日本人離れした美しさと持てはやされる容姿だが、彼女の時代では醜女(しこめ)と忌み嫌われるホリの深さと唇の小ささだった。 女は二枚鏡に顔を近づけ、そのかたちのいい鼻でくんくんと匂いを嗅ぐ。 「この持ち主の匂いか。いい匂いだ」 さらには小さな舌で舐めた。 女の性格は、面妖とまで言われた好奇心と執着心で満ちていた。 しかし、彼女は周囲のそういった視線や噂を気にせず、自身の才覚にその容姿と性格を生かしていた。 総じて自信に溢れた者であることは、彼女をひと目見ればわかることだった。  
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