■序章

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   僕は無心の人形だった。  回想を始めるにせよ、真っ先に記しておきたい一文は一先ずそれだった。  ねえ、と誰が聞いているのかも分からない中、そこに『誰か』は居ないのかもしれないのに、僕は虚空に問い掛ける。真っ赤な空を見たことがあるだろうか。僕は、ある。  何を馬鹿な事を、と呆れるかもしれない。しかし、あの日の空は疑う余地も無く真っ赤に燃えていた。本当に空は青いのかと疑いたくなる程、濃く、深く、溢れ出した血のように深紅に染まった空。そんな生々しい空へと、どす黒い煙が吸い込まれるように昇っていき、遠くからは忙しなくサイレンの音が轟いていた。  おもむろに目を開けると、一面に真っ赤な世界が広がっていた。  見渡しても誰も居ない。あるのは異形と鉄の塊だけ。嗅いだこともない異臭が辺りに充満しており、思わず鼻を覆った。  揺らめく赤、腐敗した臭い、滴る赤黒い液体が、この世界を支配している。そこはさながら地獄のようだ。  そんな世界を、僕はおぼつかない足取りで歩く。  身体中の節々が痛い。炎の熱さに皮膚が焼かれるようだ。そして何よりも悲しい。身体中に刺す痛みよりも、内から悲しみが溢れ出ることに辛さを覚える。
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