第二章 痕跡

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聞き耳を立てていても、埒(らち)があかない。 垣根から飛び降りる。 あまり趣味がいいとは言えないが、二人の後ろにぴったりとくっついて、盗み聞きをすることにした。 「しかし、若様はかのように弱っておられるにもかかわらず、お円(えん)の方様は全く変わられぬではないか」 二人とも齢(とし)は不惑(※40歳代)の近くだろうか。 いい大人が道端でこそこそと話し合ってている姿は傍から見て滑稽だが、本人たちは真剣だった。 「まことに、若様が……坂橋家が、蛇籐螺様――――外道筋(※憑き物が憑いている家系)のお家なら、障(さわ)りを受けるのは姫様であらせられるはず」 町人に扮(ふん)した男は、戸惑いを隠せない様子でつぶやく。 (”だとうらさま”?) 聞いたことのない言葉だ。神仙か、はたまた妖怪の類か。 それとも、何かの隠語なのだろうか。 (でも、外道筋って――) 彼女の旦那さんの家系は憑きもの筋で、彼らの話し方から察するに二人は武家の、おそらく大名の家の出のようだ。 おそらく”だとうらさま”とは、憑いているモノを指すのだろう。 しかし、どうにも腑に落ちない点がある。 「それが、拙者にも分らんのだ。なぜ姫様ではなく、嫡子であらせられる若様が祟りをうけるのか」 そう。 憑きもは、血筋に代々憑くことが多い。犬神や稲荷、蛇神といったものが憑いた家を「憑きもの筋」と呼ぶ。 彼らが言う「外道筋」とは、西国で云(い)う憑きもの筋の別称だ。 憑きもの筋の家系は栄え、運気が上がる一方で、憑かれた物の機嫌を損ねることのないよう細心の注意を払い、時として病や祟りといった厄災が降りかかることがあるという。
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