逸話

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「また来たの、この犬は! あんたにやる餌はないよ、しっしっ」  とある島の小さな村の小さな民家。  周りを広大な海に囲まれ、ポツンと浮かぶこの島の一角。動き易そうな着物を着た一人の若い女が、扉のない古い木造造りを思わせる、玄関のない自らの家の前で怠そうな声を上げていた。  女の前には一匹の犬。  黒いその出で立ちに、尻尾は何故かモノクロで五本。  しかし、女は驚く様子もなく、当たり前にこの目の前の獣と接していた。 「くぅーん……」  と、一声。  淋しさとひもじさを掛け合わせたような、その憂い地味た哀しげな声を漏らす。 「な、なんだい……。あんた昨日も来たじゃないか」  女の言う通り、この犬は二日連続でこの家を訪ねていた。  狙いはご飯。  断られた犬は頭を垂らし、尻尾も元気を無くして地面に付きそうなくらい下がっている。 (くう、かくなる上は……)  犬は内心そう呟くと、女に言われた通り、そのしょんぼりとした姿のまま、クルリと踵を反す。そして数歩だけ重い足取りで進と、首だけ振り向く。  そして、 「きゅん……」  と短く、そしてか細い声で鳴いた。  その寂しげな背中越しに見える顔は、まるで捨てられた子犬が、雨の中必死で寒さに耐えながら震えているかのような潤んだ瞳が見えた。  そして、女と目が合った事を確認すると、犬はまた顔を前に向けて、とぼとぼと歩いて行く。   「ま、待ちな!」  女は胸の中の蟠りを拭いさるような気持ちで、犬を呼び止めた。そして家の中に何かを取りに入っていく。  その時、犬は女の姿が見えなくなったのを確認すると、悪態づいたように、ニヤリとほくそ笑んでいた。 「あ、あまり大したもんじゃないけど、これでも食べるかい?」  再び家から出てきた女の手には何かあった。  女は犬の傍に寄ると、しゃがんで軽く頭を撫でる。そして手元の物を犬に見せると、濃淡が綺麗なグラデーションを演出しているオレンジ色の風呂敷がそこにあった。  広げるとそれは、更に笹で包まれており、その中に握り飯が二つ。
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