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「他ののら犬も寄ってくると困るから、悪いんだけど食べるのは別のとこにしとくれ」
そういいながら女は太ももの上で風呂敷を広げ、形が崩れないよう丁寧に握り飯を包み直す。
そして食わえ易いように口を作って結び終えると、犬の口元に差し出した。
その時犬の目はギラリと光り、次の瞬間、風呂敷を食わえて、
「ねーちゃん、あんがと!」
「あっ!」
そう言いながら、物凄い早さでその場を走り抜け、近くにある川の方へと消えていった。
犬が喋るという摩訶不思議な現状にも、女は至っていつも通りの日常の一部のようなリアクション。
「こ、こらー! あたしを騙したなぁー!! 次は絶対やらないんだからね!」
女が悔しそうに犬が走り去っていった方へ向かって声を張り上げた。
しかし、女は本気で怒っているわけではなく、悪戯好きの我が子に手を妬く母親のように、口元は仄かに緩んでいた。
♪ ♪
「ふふーん。やっぱりこの技は効果覿面だぜー」
そう嬉しそうに言いながら、“ふせ”の体勢で先ほど強奪した握り飯を美味しそうに食べていた。
全身黒で覆われた前足の毛でも、爪先だけは真っ白なその手と牙で一生懸命風呂敷を解く。
突如村に現れるようになったこの犬。最初は皆、尻尾が五本あることと喋る事に訝しぎ、避けていたのだが、それもこの愛くるしい日本犬のような姿と人懐っこい様子に、次第に人々も気にしなくなった。
犬は謂わば飼い主がいない、野良犬。
ご飯を食べる為に川や海の魚を狩っていたが、やはり毎日は辛く、こうして人を頼るようになった。最初は快くご飯を与えていた村人も、何度も続くと嫌になり、追い払われるようになった。
そこで犬が頭を捻り考えぬいたのは、どうすれば人がほっとけなくなるようになるか、だった。
その結果、ひもじく、このままだと倒れてしまいそうな仕草を演じる事で情に訴える、という事を覚えたのだ。
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