9人が本棚に入れています
本棚に追加
「ふう、やっぱり米っつーのは旨いなぁ」
口についたご飯粒を舐めると、満足した様子で地面に寝そべった。
そんな生活を続けて早二ヶ月経った春。なんだかんだ可愛がられていたこの犬は、冬も雪が降らないながらも寒さに震えることなく、数々の家を転々とした。
そしていつものように街中で昼寝をしていた時、鼻に違和感を覚えた。
「ふぇっくし! ……ほえ?」
寝呆け眼のまま、ゆっくりと目を開ける。ぼやける視界を瞬きしながら整えると、鼻の上に淡い桃色の物が乗っかっているのが分かった。
「なんだぁ? こりゃあ」
瞳を必死に顔の中央に寄せて凝らす。
それでも分からずに頭を悩ませていると、桃色の物体が上に動いた。
「あっ」
そこには頭を白髪に染め、背中を丸めた老人が立っていた。
目と口の周りに皺が刻まれ、優しそうな朗らかな笑みを浮かべている。
顔を上げて始めて気付いたが、村一体の木に、桃色の花が咲いていた。
風が吹くたびに空気中を舞うソレは、目を奪われるほど美しく、そして儚かった。
「これは“桜”と言うんじゃよ」
その景色を見るのに夢中になっていると、頭上からしゃがれた声が降り注がた。
「サクラ?」
「そうじゃ、毎年この季節にだけ咲くんじゃ。綺麗じゃろう?」
老人はそういうと、犬の頭にポンッと手をおいて優しく撫でる。
それが擽ったくって、犬は思わず目を瞑ってしまう。
「確かにこいつぁ綺麗だ」
「そうじゃろ、そうじゃろ」
初めて見る幻想的な世界に、すっかり魅了されてしまっていた。
「サクラか……」
見ているだけで心が癒されるような、そんな魔法にかかったように、時間も忘れて見惚れていた。
しかし、それも直ぐに現実に引き戻された。
「また、この時期がやってきたんじゃな……生け贄の」
「……え」
最初のコメントを投稿しよう!