逸話

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「生け贄って……なんだよ」  老人は犬がその単語を知っている事にもだが、同時にあまり宜しくない儀式である事を薄々感付いている様子にも驚かされた。 「ふぉっふぉっふぉ。お前には関係の無いことだから心配せんでも大丈夫じゃよ」  老人は、犬が自分を生け贄に捧げるのかと思い尋ねてきたと感じ、心配させまいと頭を優しく撫で、ほんわかとした笑みを浮かべる。 「ちげーやい! 生け贄って、あれだろ? 誰かの命を犠牲にするって事だろ?」  犬が幼い男の子のような可愛らしい声を荒げ、懸命に聞き返すその姿は、何も知らない人が見れば非常に滑稽な姿かもしれない。 「おい、黙ってないで何か言ってくれよ」  長い沈黙。  しかし、その真剣な眼差しに、先に老人が折れた。 「仕方ない、話すとしようかのう」 「……」 「昔からこの村には、この季節になると必ず、山や海の神様に村の発展と豊作を願う儀式があったんじゃ――――」  そういうと老人は犬の隣にある大木の切り口に腰を掛けた。   ♪   ♪  むかしむかし、在るところに、作物にも見舞われ、自然が豊かな村が在りました。  その村には太古より、言い伝えがあるとされていました。  毎年如月(旧暦)、桜の降る季節に、豊作祈願としてこんな決まりがありました。 ┏━━━━━━━━━━━━┓ ┃いと美しかる娘子、娘子が┃ ┃慈しみたる物一つを御子へ┃ ┃が為に生け贄として捧げた┃ ┃るべし。これを破らんば、┃ ┃必ずや、村に禍や起こらむ┃ ┗━━━━━━━━━━━━┛ 《村の美しい娘と、その娘が大切にしているものを神様への生け贄として捧げなければならない。これを破った時、必ず村に禍が訪れるだろう。》   ♪   ♪
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