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「なんだよソレ……。そんなバカみたいな迷信を信じてるってのかよ」
「こりゃ、人前でいうと怒られるぞ」
老人はその皺くちゃの血管が浮き出た手で、此方を見ながら目を丸くしている犬の頭に少しだけ勢いよくポンッと置いて叱った。
「でもま、お前さんの気持ちも分かるぞ。将来ある若者の命を、いるかどうかも分からぬ神様の為に奪うなどと、恥ずかしい話じゃ」
「じゃあ、なんで……」
「仕方ないのじゃよ。ワシはともかく、殆どの者は信じておる。神への信仰は、必ず幸福を招く、とな」
それっきり、会話は途切れてしまった。
何か言おうと頭を巡らせていたが、結局見付からないまま、目の前の桜の舞を眺めているだけ。
その間も、ずっと老人は犬の体を撫で続けた。
「お前さん、良かったらワシの家に来んかね?」
「あん? 爺さんの家にかぁ?」
「そうじゃ、今はワシと孫が一人いるだけじゃからな。きっと孫も喜ぶと思うぞ」
いつの間にか伏せていた犬は、顔を上げて見上げている。
老人は正面を向いたまま顔は動かさず、視界に広がる桜と、その奥でキラキラと光輝く海を見つめていた。
「まあ、行ってやらなくもないけどな」
フッと鼻で笑ったかと思えば、口の端は緩んでおり、得意の生意気な口調で言い返す。
「決まりじゃ、行くぞ!」
年寄りとは思えぬほど矍鑠とした立ち上がり方をし、踵を反した。
そしてそのまま二人でのんびりとした足取りで歩き、家に向かった。
老人の家に着くと、幼い女の子が出迎えてくれ、最初は触られる事を毛嫌いしていた犬も、だんだんと人の温かさに慣れはじめ、すっかり溶け込んでいた。
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