幻惑

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「いってきま~す」 今日も元気にミィちゃんは家を出る。 ボコボッコン。 ボッコン。 皮のたるんだ太鼓のような音がランドセルから聞こえる。 ミィちゃんが走ると、 その音もついてくる。 数冊の教科書とノートと筆箱。 きっと、何かが、ランドセルのどこかに当たっているのだろうけど、友だちの音とは微妙に違う。ミィちゃんだけ、半音低いように思う。 昨夜降った雨が、まだ、アスファルトを濡らしていた。 空は、そんな名残を感じさせないくらいの青空だ。 雨の匂いとアスファルトの匂いが入り混じり、益々、ミィちゃんの心をウキウキさせる。 今日は、キット良いことがある。 ミィちゃんは確信した。 もうすぐ、みんなと待ち合わせの場所。 忙しい。忙しい。 しかし、今朝は、山田さんちの横の畑は、昨夜降った雨のおかげで、その本来の色を取り戻しつつあり、あらゆる生物を引き寄せようとしていた。 ミィちゃんの悪いところは、ひとつのことに集中してしまうと、大事なことが頭から抜けてしまうということだ。 小さな子どもなら有りがちなことだが、今朝のミィちゃんは、いつもよりテンションがあがっていた。 (こういう時には、少女のココロから大事なモノを抜き取ることは造作ない。) ほんの子どもの小指ほどの赤い花弁は、先端をおちょぼ口のように広げ、胴体はタイトな筒状になっている、 まるで、赤い小さなラッパのようだ。 それが、真っ直ぐ伸びた花芽に、我先にと、幾重にも天を目指して連なっている。 それは、確実に、ミィちゃんの背丈より大きい。 そして、それらが辺り一面に植わっている様は、まさに、レッドカーペットのようである。 しかし、その幻想的な世界は、ミィちゃんの心を奪うことに躊躇はしなかった。 やはり、ミィちゃんの足が止まった。 身体もココロも吸い込まれていく。 ミィちゃんは、触ってみた。 絶対的な好奇心だ。 そして、惑うことなく、柔らかい小さな指で摘んでみた。 彼女は 直感的に口にした。 そして、吹いてみた。 「あまい!」??? 夢中になった。 次に、 摘んで吸ってみた。 やはり甘かった。 そのまま、摘んでは吸って、だんだんと、 畑の奥の方まで吸い込まれて行った。 それはまるで、ランドセルに姿を変えた蝶々が、花の蜜を求めてさ迷っているかのように見えた。
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