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おや、と滋は首を傾げる。
自宅の前に何やら人集りができているのだ。
事の次第を尋ねるより早く、野次馬が何やら話しているのが聞こえた。
「太一(たいち)さん、何でも攘夷志士に殺されたらしいわよ」
殺 さ れ た 。
滋は一瞬にして全身から血の気が引いた。
太一こそ滋が慕い、尊敬する自慢の兄であったからだ。
足が地面に根を張ったように動かない。
「長州藩の過激志士らしいじゃない? 物騒な時代よねぇ」
石のように固まった体をどうにか動かして野次馬を掻き分ける。
野次馬も滋に気付いてかさっと避けた。
――思わず、惨状に息を呑んだ。
戸口の隣の壁に寄りかかって変わり果てた姿になっているのは紛れもなく兄。
全身数十箇所を刺されて白目を剥いて絶命している。
兄はいつものように戸口の前で自分の帰りを待っていたのだろう。
あまりに酷たらしい光景に吐き気が込み上げて来るのをどうにか堪えたものの後から後から溢れ出る涙はどうしても止めることができなかった。
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