天涯孤独の身となりて

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  自宅へ入るや否や、滋は真っ先に兄の部屋に飛び込んだ。 自分の着物を脱ぎ捨てると箪笥(たんす)から兄の着物を取り、手早く着替える。 部屋の隅に立てかけてあった大刀を腰に差し、その隣にあった小太刀にも徐に手を伸ばした。 そして、暫くの逡巡(しゅんじゅん)の後、結った髪を解くと小太刀を抜き、艶(つや)やかな漆黒の長髪を肩より三寸(約9cm)程長い位置で切った。 後ろで一つに纏め、男物の着物に身を包んだ滋は生来の中性的で端正な顔立ちも相俟って今では美少女ではなく、美少年だ。 鏡でそれを確認すると満足したように頷く。 目を閉じて、深呼吸一つ。 覚悟を決めたようにかっと目を見開くと家を後にし、駆け出した。 向かうは長州藩邸。 長州を中心とした尊皇攘夷派勢力は先週池田屋での随分と被害を被ったというが、我関せずを貫く一部の長州藩士たちは依然として藩邸に潜伏していると噂に聞いていたからだった。 (殺してやる、殺してやる、殺してやるっ……!!) 胸を蠢く復讐心。 溢れんばかりの殺意と一つの策を携えて走り続けた滋はやがて長州藩邸に辿り着いた。 彼女は藩邸前で肩を上下して荒い呼吸を繰り返しながらもその門を憎悪に染まった瞳で見据えていた。  
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