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はい、カット。
そんな声が聞こえて、役者たちか息を吐く。
今まで撮ってたのは、ケルベロスの暴走騒ぎの終わりのシーンだった。
緊迫したシーンだったので真面目な顔をしていた彼らだったが、一気に「素」の表情へと立ち戻った。
「よし、終わった終わった。今日の撮りこれだけだよな?」
「ああ、そのはずだ」
もっとも、演技中と「素」とで、それほど大差がない役者がほとんどである。
「カレナ」と「ハル」がそんな話をする傍らで、「キリュー」がバンダナを取りながら笑った。
「それにしても「カレナ」、ナイス演技だよな。本気で殺気を感じたぞ、俺」
ああ確かに、と「エート」が頷けば、これに黙っていられなかった人間が1人。
「つーか容赦なさすぎだろ!?本気で腰抜けたらどうすんだ!」
無論、「エルマ」である。
「カレナ」が不満げに頬を膨らませる。
「えー、いいじゃん。迫真の演技だったろ?」
「迫真すぎるわ!」
「頑張ったのに」
むぅ、と拗ねるが、「エルマ」の言葉は終わらない。
まあまあと「エート」や「ハル」が宥めるが、効果はいまいち薄いようだ。
「表情とかだけでいいだろ!?ほんとに嫌われてるのかと……うう泣きそう」
「あ、悪い御免。泣くなよほら。な?」
2言3言で、見事に立場が逆転した。
本気で泣きだしそうな「エルマ」に、1も2もなく「カレナ」が諸手を挙げて降参する。
必死に宥めるその様は、誰が見てもさっきの「カレナ」とは別物だ。
そんな中、背後から「エルマ」に近づく影が1つ。
歩くたび小さく灰色の「尻尾」を揺らすその人は、黙ったままぽんと「エルマ」の頭を軽く叩き、言葉少なに何かを握った右手を差し出した。
「ん」
涙目の「エルマ」が、つい手をぐーの下で開く。
握られた手から転がり出たのは、セロファンに包まれた1つのチョコレートだった。
ふっと、灰色尻尾の男――「ヨミ」が笑う。
「やる。お疲れ」
それだけ言って、彼は颯爽と踵を返す。
傍に居た学生役5人のみならず、見ていた出演者・裏方全員の思考が1つになった。
うわ、カッコいい。
撮影所は今日も平和だ。
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