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マイリ・ダーシェリン
異世界リルアチュア、人間の大国アイリールの平民。
魔法行使に優れた才覚を持つ、私設ギルドながらSランクの若き実力者。
現在はミネルバ学園のヘッドハンティングに応じて魔法学の教師をしている。
属性:水、火、闇
得手:投げナイフ
使い魔:フェンリル(2級の上)
***
「マイリ先生、有難う御座いました!」
「ん、また明日」
リールゼン大陸イチの魔法学校として名高い、我がアイリールのミネルバ学園。
その魔法演習場にて、何人かの生徒たちとそんな会話を交わす。
彼ら・彼女らは、自主訓練中、上手く出来ない所に悩み、偶然通り掛かったあたしに突撃して来た熱心な生徒たちである。
最初は2人だけだったのだが、いつの間にかその場に居た全員が加わって、気付いた時は何故か特別授業のようになっていた。
演習場を通り掛かった時には青かった空が、東西から朱色に染められている。
夕焼けは郷愁を誘うと、言ったのは誰だったか。
そのせいなのか、なんなのか。
ふと、急に。
自分が名門魔法学校で違和感なく教師をやってる現実が、とても不思議な気分になった。
昔から魔法が得意で難しいと言われる闇属性も難なく使えたあたしだが、名門ミネルバ学園に足を踏み入れたのは教員になってからが初めてだった。
あたしの頃には今ほど簡単には入学出来ず、それなりの難易度の入学試験もあったのだが、魔法に関してなら筆記も実技も出来たあたしにはあまり問題ではなかった。
だから行けなかったわけでも、かといって行きたくなかったわけでもなく。
ただ単に、基礎学校卒業時に、良く依頼を受けてた私設ギルドのギルドマスターにギルド員にならないかと誘われて、そのまま就職してしまったのだ。
いやまぁ正直、勉強と実践とどちらがいいか天秤に掛けて、もう勉強はいいかなぁと思ったとか、安易な思考は否定出来ない。
ギルド員の仕事は楽しかった。
仕事が仕事だからもちろん危険はあったけど、依頼を無事終えた時の達成感も開放感も、依頼人からの感謝の言葉もギルド仲間からの労いも、言葉でなんて表せないくらい、癖になるものだった。
ちょっと調子に乗り過ぎて死にかけたこともある。
けど、それでも「もう依頼を受けたくない」とかは思ったことなく、色々な依頼を受け続けていたらいつの間にか、ランクがSまで上がっていた。
多分ずっと、何かの理由で戦えなくなるまで、こうして仕事をしているんだろうな、と。
なんとなく、思っていたはずなのに――
今あたしは、ミネルバ学園の学園長からの「長期依頼」という形で、学生たちに魔法学を教えている。
意外なことに、というと元から教師である人には失礼なのかもしれないが、この仕事もなかなか楽しかった。
生徒の態度はピンキリなのでまぁ天狗になった貴族サマも居るが、この学園は実力主義だ。
技術や知識を教えるのは微に入り細に入り行うが、聞く側の姿勢が悪いからと言って、こちらがそれを正してやる義理はない。
聞いても分からないと質問に来る生徒には懇切丁寧に解説しても、平民とか基礎学校卒とかを馬鹿にして聞いてないし聞きにも来ない生徒が出来なくても、注意すらせず放置する。
それでいいと、学園長からは言われていた。
だから、ストレスとかもあまりない。
当学園と並ぶ名門魔法学校であるフィフィスが学園との教員交流で知り合いになったミーナにもそう話したら、興味深そうに頷いていた。
「ミネルバは最初からそういう方針なのねぇ」
「フィフィスは違うの?」
「そうね、もしかしたら最後はそうなるかもしれないけど、私は出来れば、その姿勢も正してあげたいと思ってるわ」
ミーナは本当に、骨の髄まで「教師」という感じの人で、教員のはずのあたしもたまに「先生」と呼びたくなってしまうほどいい先生だ。
実は、彼女に会ったあとは大抵、彼女と比べてあたしが教師でいいのだろうかと、微妙に自信がなくなる。
ああ、だからと言ってミーナが嫌いなわけでも苦手なわけでもなく、むしろ友人としてとても好きなので、そこは勘違いしないで欲しい。
……思考が逸れた。
ええと、そう。
まさかあたしが教師になるなんて、しかもそれを楽しく続けているなんて、数年前は予想すらしてなかったなぁと。
そんな思考だっだはず。
「――人生、何が起こるか分からないから楽しい、か」
これは最近聞いた言葉だ。
街を歩いている時にすれ違った、アイリールでは珍しい、フィフィス学園の制服を着た学生の一人が、妙に実感の篭った声で放った言葉。
その声と言葉と学生らしい若い見た目に違和感があって、その台詞だけがとても印象に残っている。
ゆっくりと、自身の口の端が持ち上がった。
「確かに、その通りかも」
不思議でも予想外でも今のあたしは紛れもなくミネルバ学園の教師で、この仕事を楽しんでいる。
それでいい。
それがいい。
さあ明日も、しっかり仕事を頑張ろう。
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