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「お好きなんですか?」
桜庭香澄が伊川謙太郎に初めて話しかけた言葉だった。
大学1年の夏休み、伊川謙太郎はゼミの課題で出た読者感想文を早く終わらせようとして大学の別館の図書館に足を運んでいた。
見渡す限りの本、本、本。
本はあまり読まなかった。だから既に友人が書き終えた本と同じ物を借りることにした。
「ドストエフスキー…」
普段口にしないその名前は散り散りに発音されて空気に消えていった。
彼女が話しかけたのは、その直後だった。
「お好きなんですか?ドストエフスキー」
彼はなぜ、あの時内向的で控えめな彼女からあのような言葉が出てきたのか、わからないままだ。
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