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「や…やめて……来ないで…!」
暗い林の中で、若い女が目に涙を溜めながら、必死に何かから逃げ回っていた。
それを黒い影が静かに追い詰めていく。
「いやぁぁー!!誰かぁ!」
人間の女は、履いていたヒールを脱ぎ捨てて、林の奥へと叫びながら逃げ込むが、周囲に民家は無く、人が助けに来る気配もない。
それをいいことに、黒い影は呼吸を荒くしながら、見失わない程度に女を追い掛けた。
「もう……いや………何なの…アレは……」
女は黒い影が現れる前に、茂みに隠れ、ダラダラと涙を流しながら体中を震わせて身を潜めた。
辺りは暗く、奴の足音は聞こえてこない。林の中の虫たちの音色が、そこら中に響いているだけだ。
“行ったのかしら……?”
と、女が安堵に駆られようとした途端。
「…見っけ……」
「ヒッ…!?」
ブシュー……!!
動脈から大量の血液が噴き出し、辺りが血に染まる。
「ギャアァァ…ァァ……」
女の断末魔の後に、林の中で何かが砕け散るような音と、血肉を貪る嫌な音が、虫たちの音色に紛れた。
「ペッ……まずい。やっぱり人間のだと、治りが遅いや…………」
口元の血をぐいっと拭いながら、眉を寄せる黒い影は、少し幼なげな声で発言してみせる。
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