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「ほらっ、さっさと荷物片しちまいなよ! 十分したら見に来るからな!」
少し腹がぼてっと出た中年の男性は不機嫌そうにしながらドアをガチャンと閉めた。閉まる際に起きた風に煽られ、靴箱にかけられていた靴べらが玄関のタイルに落下し硬質で無機質な音をこの狭い部屋に虚しく響かせる。
「……はぁ」
室内に取り残された男は肩を落とし、本棚の上に置かれた写真を見つめてため息をつく。そこに写るのは幸せそうに笑い合う一組の男女。
なにひとつ欠けた様子のない、どこまでも満ち足りた笑顔。
力なくその写真を手に取り、男はもう一度ため息をついて部屋の中に視線を移す。
部屋の隅に立て掛けられた食事などの時に使う小さな丸テーブル。時々買っては読み、その本を仕舞っておいた小さな三段の本棚。端のほうに追いやられたベッド。
今日、男は1K七坪のこの部屋から去ることになった。いや、正確に言うならば去らなければならなくなった。
家賃滞納三ヶ月。
大家に怒られ、追い出されるのも当然というものである。
「けど、こんなあっさり捨てられるとはな……」
男は押入の奥から旅行用のトランクを引っ張り出し、部屋中からこれからの生活に最低限必要なものを詰め込みはじめる。
男がこの部屋、三○一号室に越してきたのは四年前のことだ。
大学受験に失敗し、それまでずっと世話をしつづけてくれた親の顔が見れなくなり思わず家を飛び出した。
元々バイトをしていたので貯金はあった。自転車に跨がり荷台に衣類などの生活に不可欠なものを詰め込んだトランクを縛りつけ男は家を離れた。
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