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「……私の、名前」
「名前……? あっ!!」
どう答えたらいいのか分からず、しどろもどろしている僕に答えるように、彼女──アナスタシアが重ねて口を開く。
「ぼっ、僕は悠人! 綾瀬悠人ッ!!」
慌てて名乗る僕に満足したのか、アナスタシアは少しだけ表情を緩めた。
そして、頭に刻み込むように何回も、僕の名前をずさみ始める。
「ゆーと……ゆーと……ゆーと……」
その様子が、まるで小さな子どものように微笑ましく見えて、自然と頬が緩むのをはっきりと感じた。
(こんな気持ちになるのって何時ぶりだろ……?)
まるで湖に広がる波紋のように、ずっと止まっていた感情の波が心の中で静かにざわめいている。
(……とっくに無くしちゃったんだって思ってたんだけどな)
そう、10年前のあの日から。
何もできなかった後悔と失ってしまった虚脱感、そして恐怖に負け手を差し伸べなかった自分に対する憤怒と憎悪。
その果てに、僕は〝空っぽ〟になった。
そう、思っていた……。
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