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「智也、手を離さないでくれ!」
離すものか!!──。この手を離せば、健は連れて行かれてしまう。絶対に離せない。離してはならないのだ。
しかし、そんな俺を嘲笑うように、女は吐息を感じる程の耳元で囁いた。
「嘘ツキ……ソレナラ、アナタモ来ル?」
次の瞬間、ヌメッとした感触が頬に伝わり、腐臭が鼻先を劈いていった。
心臓を背後から、ぎゅっと握り締められるような寒気が、全身を駆け抜けていくと、俺の背筋は一瞬で凍りつく。
──殺される!!
本能がそう危険を報せた刹那、俺は「う、うわぁっ?!」と情けない声を上げ、咄嗟に身構えていた。
「と、智也……?」
「……え?」
直ぐにはっと気付き、素早く視線を落とす。
「な、何で、手、離し……」
「健……!!」
だが……既に遅かった。
「うわぁぁぁぁぁっ!!」
健の身体は物凄い勢いで引き摺られていき、俺が急いで伸ばした手は、届く事なく虚しく空を切った。
「い、嫌だ! 嫌だ、嫌だぁぁぁ!!」
と泣き叫ぶ健の声に交じって、
「キャハハハハハーッ」
という女の高笑いが聞こえてくる。
「助けてぇ、智也ぁぁぁぁぁ!!」
懇願するような目で、俺を見る健。しかし俺は、その視線から目を逸らすしかなかった。
──もう無理だ……助けられない。
出来る事は何も無かった。
ただ目を閉じ、耳を塞ぎ、小さくなって震えること以外……。
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