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元冶元(1864)年六月五日亥の刻(午後10時頃)――。
京の旅館、池田屋の二階では密会を開いていた浪士とそれを阻止せんとする新選組によって血生臭い戦闘が勃発していた。
「新選組だ、新選組に嗅ぎ付けられたぞ!」
「畜生、幕府の狗(いぬ)めがっ……」
血飛沫が舞う。
男たちの怒号が飛び交う。
刀の金属音が絶えず耳を突く。
地獄の縮図のような惨状に誰もが恐怖し、焦り、震え上がる。
そんな最中、たった一人、独特な雰囲気を持つ青年がいた。
「……あぁ、来たんだ」
やけに間延びした声で呟いたそれはまるでこの事態を予期していたようにさえ思える。
どこか余裕さえ感じさせるこの青年、何とも不気味だ。
青年の纏う異様な空気に少時怯んでいた新選組隊士が斬りかかったその時だった。
一切の無駄を排除した俊敏な抜刀を持ってして青年は下から振り上げた刀で隊士の刀を弾くと同時に彼の額を斬ったのだ。
血を噴き出して倒れ行く隊士を軽侮(けいぶ)の目で見る。
「生憎君たちにくれてやる命なんかないね」
明らかな嘲りが含まれたその言葉を最後に窓をガラリと開けると青年は躊躇うことなく、飛び降りたのだった。
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