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プロローグ
「さぁ、鈴木くんがんばって!!」
夕方の病院の屋上。車椅子の少年と看護婦がいた。
二人の濃い影が長く白いコンクリートの床に伸びている。
「…ほら、もう立てるでしょ?そんなんじゃ、いつまで経っても良くならないわよ?」
しかし少年は車椅子に座ったまま、松葉杖を握る気配はない。
「……もう、勝手にしなさい」
そういうと看護婦は少年に背を向け、帰っていく。
下を向いた車椅子の少年の目から最初はゆっくりと、そして大きく涙が溢れていった。
そこへどこからか「……君」と少年を呼ぶ声が聞こえる。
少年が顔を上げ、声の主を探す。
同じく車椅子に座った老人が細い腕で車輪を廻しながら、少年に近づいてきた。
「もう泣くのはおやめなさい」
老人は膝の上に載せたブリキの箱を少年に渡す。
「君にこれをあげよう。ひとつとじ込めた魔法の箱だ」
少年は泣き止み、不思議そうに箱を見つめた。
「この箱を開けるかどうか、それは君の自由だ。…ただし、たとえ世の中がどんなに不毛だとしても、強い意志を持ちなさい」
ブリキの箱を手渡す老人の嗄れた手と、少年の小さな手を夕日が赤く染めた。
「君の人生の行く先は、君が決めていいんだよ」
少年は受け取ったブリキの箱を膝の上に載せた。
「…名前を聞かせてくれるかい?」
「…アマヒコ」
「そうか……」
赤い夕日に照らされ、老人の姿が漆黒の影になる。
「……私も…………同じ名前だよ」
そして車椅子を残して老人は消え、小さな白い蝶が飛んでいった。
少年は車椅子から立ち上がり、赤い空へと飛んでいく蝶をいつまでも見つめていた。
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