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の喜び。これで復讐が果たせる。
地を蹴り間合いを詰め、男、渡辺に躍りかかる。
鋭いつめを喉元に突き立てようとしたが、ガクンと体から力が抜け、崩れ落ちた。
「!?」
突然の事に対処できず固い地面に転がった茨木に、渡辺が近づきしゃがみこんだ。
「おはよう、茨木童子。悪いが力は封じた」
渡辺は胸元に揺れる紫の珠を指差した。
鬼石!
茨木は力の入らない体を持ち上げ、珠と同じ紫の瞳で睨み付ける。
あれは鬼の力が結晶となったもの。
奪われ、破壊されれば鬼は無になる。
「返せ…」
絞り出すような低音に、渡辺は楽しそうにくっと喉をならした。
頭に血が上る。どこまで馬鹿にするのか、と…。
「返してやろうか」
渡辺が手を伸ばし、鬼の象徴と忌み嫌われた銀の髪を掴んだ。
そのままなんの手加減もないまま引き、痛みに呻いた茨木へ微笑みかけた。
「俺の手伝いが出来たら返してやる」
「手伝い…?」
「あぁ、そうだ。俺の式になると契約しろ」
唖然とする茨木から手を離し、刀を突き出す。
式になる。それがどういう事かは知っている。
契約者に付き、契約者の指示を仰ぐもの。逆らえば待つのは死より耐え難い苦痛。
それでも…
「いいぜ、契約してやる」
憎いお前をこの手で殺せるのならその後の苦痛なぞなんてこともない。
「名をつけろ。渡辺綱」
親指を噛みきり、渡辺の唇に押し付ける。渡辺は血を舐めとり、笑った。
「そうだなお前の名は、スイ、睡にしよう」
血が逆流するような感覚が体を駆け巡り、あまりの苦るしさに膝をつく。
暫く耐えていればそれは収まった。
契約は成された。渡辺は茨木、睡の体を抱える
「…くそが」
悪態をつくが渡辺は無視し、歩き出した。手を伸ばせば鬼石に手が届くのに、その力さえ入らない。
「ちなみに俺は綱ではないよ。綱は先祖だ」
「…なに?」
「俺は醒。現、渡辺家当主をしている。お前はかなりの歳月を封印されていたんだ」
子孫…あの男、妻を貰い子を抱き…ずいぶん幸せな人生を送ったのだろう。
『私はそれすら許されなかったのに』
やり場のなくなった怒りと憎しみをどうしていいのかわからなくなり、頬を涙が伝う。
あぁまだ私は涙を流せるのか…
渡辺の子孫、醒は何も言わない。
それを利用し、暫く声を殺して泣いていたがとうとう意識が遠のいた。
あぁ、お前はもういないのか…
お前が好きだったよ。綱…
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