第一章

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小さい窓だが、人一人程度なら抜け出せそうだ。 由莉が窓を開けると、嫌なものが目にうつった。 「逃げてる暇があったら書いてください。」 先回りした一條が微笑んでいる。 ただ目だけは微塵も笑っていない。 観念した由莉はおとなしくトイレを出て、一條の元に行った。 「来てください。」 一條は由莉の腕を掴むと、駐車場に引きずっていった。 そして自分の車に由莉を乗せると、自分は外に出て電話をかけはじめた。 簡単な話がカンヅメか 由莉は綺麗に掃除された車の中を見渡し、曇りのない窓ガラスにべったりと指紋を付けた。 小さな腹いせに少し満足した由莉は原稿の続きを綴る。 窓の向こうでは一條が背を向けて電話をしていた。 細身でしなやかな後ろ姿が、もし自分の好きな人ならば…… 由莉は頭の奥で芽を出しそうな“なにか”の形が掴めそうで、一條の背中をじっと見つめた。 「これは陰険な担当じゃない、これは陰険な担当じゃない……。」 呪文のように呟き、自己暗示をかける。
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