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電車に乗りしばらくして、由樹が唐突に叫んだ。
「温泉旅行!?」
まわりの乗客と由莉の冷たい視線が突き刺さるのも構わず、由樹は頭を抱えぶつぶつと呟きはじめた。
「え?温泉旅行?さっき温泉旅行って言ったよね?あの不届きなクソガキ、さっき温泉旅行って言ってたよね?え?ちょっと待って?旅行?不純異性交遊はんたーい!!!!」
見兼ねた由莉は由樹の脛を力いっぱい蹴りつけ黙らせる。
「飲み過ぎだよ、お兄ちゃん。」
少し大きめの声でそう言ったあと、由莉は声をひそめて痛みに震える由樹に尋ねた。
「いきなりなに?」
「だってさっき温泉旅行って……!!」
さっきって……何分前の話だよ。
「自分の耳を疑ったよ。で、処理にこれだけ時間を要した。」
「初期のパソコン並のスペックだね。人生そのものが。」
「付け足し部分が効果抜群だ……。」
由莉は自分に言い聞かせるように言った。
「きっと行けないよ。締め切りもあるし。」
由樹はそんな由莉の横顔をじっと見つめた。
「……俺は由莉にいろいろな経験して、いろいろな思い出作ってほしいけどな。」
「お兄ちゃん……。」
「ただし彼氏だけは許さない。」
「いいからハローワーク行け。」
ぷいっと顔を背け、由莉はゆっくり目を閉じた。
人と話すのは苦手だ。
自分で思ってたより緊張していたらしい。
肩の力が抜けたかと思うと、眠気が襲ってきた。
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