第一章

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電車に乗りしばらくして、由樹が唐突に叫んだ。 「温泉旅行!?」 まわりの乗客と由莉の冷たい視線が突き刺さるのも構わず、由樹は頭を抱えぶつぶつと呟きはじめた。 「え?温泉旅行?さっき温泉旅行って言ったよね?あの不届きなクソガキ、さっき温泉旅行って言ってたよね?え?ちょっと待って?旅行?不純異性交遊はんたーい!!!!」 見兼ねた由莉は由樹の脛を力いっぱい蹴りつけ黙らせる。 「飲み過ぎだよ、お兄ちゃん。」 少し大きめの声でそう言ったあと、由莉は声をひそめて痛みに震える由樹に尋ねた。 「いきなりなに?」 「だってさっき温泉旅行って……!!」 さっきって……何分前の話だよ。 「自分の耳を疑ったよ。で、処理にこれだけ時間を要した。」 「初期のパソコン並のスペックだね。人生そのものが。」 「付け足し部分が効果抜群だ……。」 由莉は自分に言い聞かせるように言った。 「きっと行けないよ。締め切りもあるし。」 由樹はそんな由莉の横顔をじっと見つめた。 「……俺は由莉にいろいろな経験して、いろいろな思い出作ってほしいけどな。」 「お兄ちゃん……。」 「ただし彼氏だけは許さない。」 「いいからハローワーク行け。」 ぷいっと顔を背け、由莉はゆっくり目を閉じた。 人と話すのは苦手だ。 自分で思ってたより緊張していたらしい。 肩の力が抜けたかと思うと、眠気が襲ってきた。
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