第一章

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一條は居住まいをただし、真面目な口調で話しだした。 「先生の担当として、はっきり言わせてもらいます。最近表現や内容が空虚になってきているように感じます。」 「え……。」 「編集長にも指摘されました。同時進行している『金魚鉢の恋』の下巻も、原稿を読むかぎりマンネリ化してることを否めません。いつもの先生の生き生きしたみずみずしい文章じゃないんです。」 「……はあ……。」 「今月の締め切りまではまだ日があります。もう一度先生の世界、文章について考えてみてください。」 「……はい。」 一條は表情を緩めると由莉の頭を撫でる。 「これは先生の今後に関わる大事な問題です。もし考えがまとまらなければ休載してもいいんですから、よく考えてみてください。」 「え?休載?休載していいんですか?」 目を輝かせ見を乗り出す由莉に、一條は笑顔で答える。 「していいわけないでしょうが。」 「……さっきしていいって言ったじゃないですか。」 一條は立ち上がり、カレンダーの締め切り日を真っ赤なペンで大きく囲った。 そして由莉のほうを振り返り、清々しい笑顔で言った。 「嘘も方便というでしょう?二週間後の締め切り日、楽しみにしておきますよ。」 「……鬼。」 一條は恨めしい顔で呟く由莉の頭をまた撫でる。 「オイコラアアアァァァ!!」 部屋のドアが勢いよく開く。
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