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出版社に着くと、由莉は編集部の奥に通される。
早乙女楪が由莉であることを知っているのは編集部においてもごく一部の人間だけだ。
編集長と一條の上司にあたる女性編集者の三村が、部屋に入ってきた二人を迎えた。
「いや~、早川先生、驚きましたね。」
編集長が嬉しそうに言う。
三村も静かに微笑んでいた。
「先生の他にもう一人候補者がいます。風間彩先生をご存知ですね?」
一條の問いに由莉はうなずいた。
テレビや雑誌に積極的に顔を出す話題の「美人作家」だ。
不倫や略奪愛のような濃い作品を得意とし、女性から絶大な人気を誇っている。
「大木賞はもともと純文学の賞だったから、早乙女先生のほうが有利だと思うわ。」
三村の言葉に編集長も大きくうなずく。
鼓動が速すぎて心臓が止まっていしまいそうだ。
由莉は胸の前で祈るように手を握る。
「緊張しすぎですよ。」
一條は由莉の耳元でそうささやくと席を立った。
「コーヒーでも淹れてきます。」
一條が部屋から出ていくと、三村は由莉に耳打ちした。
「あいつ冷静なふりしてるけど、一番喜んでたのよ。」
「一條さんが?」
「たぶんあなたの小説の最初のファンだもの。編集部に送られてきた原稿を初めに見たのがあいつ。新人賞とったときのことおぼえてるでしょ?」
二年前のことだ。
今でも鮮やかによみがえってくる。
なんの取り柄もない高校生だった由莉が書いた小説が新人賞をとり、それから今に至るのだ。
高校生だということを隠して小説を書きたい由莉と、話題性のために高校生だということを前面に押し出すべきだとした上層部が対立したとき、一條の必死の説得により由莉が希望通りの環境で小説を書けるようになったという話は、それとなく聞いたことがあった。
一條本人は尋ねられてもはぐらかしているが、少なくない人からその話を聞いていた。
三村はにやにやしながら続ける。
「これで早乙女先生が大木賞取ったらあいつに裸踊りさせてやろう。」
一條が裸踊りをしてる姿を想像した由莉は思わず吹き出した。
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