第一章

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言葉につまる由莉を一瞥して、一條は本を戻した。 早乙女楪(さおとめゆずりは)著『金魚鉢の恋』。 話題の新進作家の最新作。 「文章だけはいいんですけどね……。」 わざと聞こえるように一條が呟く。 由莉は一條に向けて思いきり舌を出し、踵を返した。 「帰るんですか?」 「いいキャラが思い付いたので。意地悪い皮肉屋の……タカシとかタカヒロとかタカオミとか…とにかくそんな名前にします。」 「一番最後に俺の名前言いましたよね?」 「いえ?」 「いや、言いましたよね?」 「さあ?」 「締め切り縮めますよ。」 「……意地悪で皮肉屋で女好きにしますか?」 二人は作り笑いを浮かべながら歩いていった。 早川由莉。 大学二年生になったばかりの19歳だ。 早乙女楪のペンネームでデビューしたのは今から二年前で、高校生のときだった。 一條貴臣はデビュー当時から由莉の担当編集をしている。 話題性ではなく実力で勝負したいという由莉の思いから、早乙女楪は性別も歳も謎の作家ということになっていた。
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