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言葉につまる由莉を一瞥して、一條は本を戻した。
早乙女楪(さおとめゆずりは)著『金魚鉢の恋』。
話題の新進作家の最新作。
「文章だけはいいんですけどね……。」
わざと聞こえるように一條が呟く。
由莉は一條に向けて思いきり舌を出し、踵を返した。
「帰るんですか?」
「いいキャラが思い付いたので。意地悪い皮肉屋の……タカシとかタカヒロとかタカオミとか…とにかくそんな名前にします。」
「一番最後に俺の名前言いましたよね?」
「いえ?」
「いや、言いましたよね?」
「さあ?」
「締め切り縮めますよ。」
「……意地悪で皮肉屋で女好きにしますか?」
二人は作り笑いを浮かべながら歩いていった。
早川由莉。
大学二年生になったばかりの19歳だ。
早乙女楪のペンネームでデビューしたのは今から二年前で、高校生のときだった。
一條貴臣はデビュー当時から由莉の担当編集をしている。
話題性ではなく実力で勝負したいという由莉の思いから、早乙女楪は性別も歳も謎の作家ということになっていた。
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