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今日はとても寒いから。
そう自分に言い聞かせ、急いで飲み物を買ってこようと階段を下りかけた時。
カランコロン……。
昔の妖怪アニメのようだった。
霧の奥から聞こえてくる、古めかしい下駄の音。
一瞬自分の耳を疑ったが、連続的に聞こえてくるその音は、どう聞いても下駄を履いた人物が歩いてくる音で……。
寒さからではなく鳥肌が立つなんて数年ぶりだった。
反射的にその場にしゃがみ、手すりの隙間から音の方向を見やる。
音は序々に近づいてきて、目を凝らすとボンヤリとした輪郭が浮かんで見えてくる。
鍔のある帽子に、着流しの着物。長いマフラーが歩く度にユラユラと揺れていた。
まるで大正時代の文豪のようだ……。
そう思った。これで漱石のような立派な髭でも蓄えてたら完璧だ。
恐怖より興味心が勝り、私は手すりの隙間に顔をねじ込むようにし、その人影の顔を確認しようとした。
だが、見えないのだ。
暗い夜道だ。霧も立ち込めている。見えにくいのは当たり前だ。田舎の歩道でろくに街灯だってないのだから。
しかしそれにしても見えなさすぎるのだ。
まるで顔の部分だけ真っ黒な墨で塗りつぶしたかのような。
輪郭をなぞることすら出来ない。
よくよく見ると、帽子の色も着物の色もただの暗い色と思っていたのだが、正確に何色なのかと問われたら答えることが出来ないのだ。
まるで影だ……。
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