9ホウシン

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 そして、急に立ち止まれて森に少ない衝撃でぶつかる。 「悪い」  振り返った森は、なぜか顔を顰めていた。いや、顰めるというか、なんていうか。  ちょっとつらそうな顔をして、わたしを見つめる。  心臓がわずかに跳ねる。何も言い返せずにじっと森を見つめていると、不意に森が目を細めた。すごい優しい顔に再び心臓が跳ねる。  す、と森の手が伸びてきて、指先がするりと頬を撫でる。くすぐったくてぴくっとすると、森の顔が近付いてきた。ぎゅっと目をつぶる。  え? うそ。ちょ、っと待って。まだ。  鼻がぶつかって、吐息がかかる距離に森の顔が近付く。  つぶったせいで真っ暗な視界の中で、想像力がバカみたいに押し寄せて耳が熱くなっていく。 「ふ」  森が笑う気配がして、目を開けようとしたらおでこに唇が触れていった。  ぱちっと目を開けて顔をあげると、森がびっくりするほど優しい顔で笑っていた。 「い、今……」 「なに」  少し馬鹿にするように見下ろす森。はっと気付いて、カーと首から熱くなっていく。 「か、からかったの!?」 「だから、何が?」 「な、なにがじゃなくて……っ」  目を細めて余裕げに笑う森に、バカみたいに緊張した自分が恥ずかしくなっていく。 「ば、バカ!」  バシッと森を叩くと、森はくっくと笑った。  よく笑うようになった。でも、他の人には普通に仏頂面の森だから、大切にされているんだという自覚が沸いてきて、さらに恥ずかしくなる。 「大体ここ路上だし!」 「人通りは少ないだろ」 「そういう問題じゃ、」 「竹中!」  時が。  止まった、気がした。  別次元に落とされたみたいに、スローモーションに世界が回る。  誰。今わたしのこと呼んだの。  誰、なんて。  そんなの、わかんないわけない。  振り返ると、いつか病院に突進してきたときみたいに、吉野拓海が息を切らしていた。  となりで、森がぎゅっとわたしの手を握ってきた。  無意識に、わたしはその手を握り返す。
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