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そして、急に立ち止まれて森に少ない衝撃でぶつかる。
「悪い」
振り返った森は、なぜか顔を顰めていた。いや、顰めるというか、なんていうか。
ちょっとつらそうな顔をして、わたしを見つめる。
心臓がわずかに跳ねる。何も言い返せずにじっと森を見つめていると、不意に森が目を細めた。すごい優しい顔に再び心臓が跳ねる。
す、と森の手が伸びてきて、指先がするりと頬を撫でる。くすぐったくてぴくっとすると、森の顔が近付いてきた。ぎゅっと目をつぶる。
え? うそ。ちょ、っと待って。まだ。
鼻がぶつかって、吐息がかかる距離に森の顔が近付く。
つぶったせいで真っ暗な視界の中で、想像力がバカみたいに押し寄せて耳が熱くなっていく。
「ふ」
森が笑う気配がして、目を開けようとしたらおでこに唇が触れていった。
ぱちっと目を開けて顔をあげると、森がびっくりするほど優しい顔で笑っていた。
「い、今……」
「なに」
少し馬鹿にするように見下ろす森。はっと気付いて、カーと首から熱くなっていく。
「か、からかったの!?」
「だから、何が?」
「な、なにがじゃなくて……っ」
目を細めて余裕げに笑う森に、バカみたいに緊張した自分が恥ずかしくなっていく。
「ば、バカ!」
バシッと森を叩くと、森はくっくと笑った。
よく笑うようになった。でも、他の人には普通に仏頂面の森だから、大切にされているんだという自覚が沸いてきて、さらに恥ずかしくなる。
「大体ここ路上だし!」
「人通りは少ないだろ」
「そういう問題じゃ、」
「竹中!」
時が。
止まった、気がした。
別次元に落とされたみたいに、スローモーションに世界が回る。
誰。今わたしのこと呼んだの。
誰、なんて。
そんなの、わかんないわけない。
振り返ると、いつか病院に突進してきたときみたいに、吉野拓海が息を切らしていた。
となりで、森がぎゅっとわたしの手を握ってきた。
無意識に、わたしはその手を握り返す。
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