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でも、だからこそ。
バス亭を降りて、崎下が言ったとおりの道順で曲がっていくと、崎下がいったとおりの外観の家があった。あの人説明うますぎじゃない? って思ってちょっとおかしくなる。
少し古い感じの一軒やだった。由緒ある和風の家っていうか、おばあちゃんが住んでるような家。でも、なんとなく吉野っぽいな、と思った。
息を吸い込んで、はいて。
震える指先をもう片方の手で押さえ込んでインターフォンを押す。今時声が出ないタイプのインターフォンで、少し黄ばんで茶けた音符マークがついたボタンが一つあるだけのインターフォン。
しんとして返事がない。
なに! 出てよ! と思ってもう一度押したところで、はっとした。
っていうか、よく考えたら家族が出たらどうすればいいんだろう。吉野くんをお願いしますっていうの? あいや、みんな吉野だ。じゃなくて、あれ。吉野の下の名前って
――拓海
彼女がそう呼んでいたのを思い出す。
「はいはいはい今でますー」
なげやりないらだっているその声に、はっとした。
この声を、間違えるわけない。
今時横開きの、甘いセキュリティの戸が開く。
ワイシャツを着崩して、前髪を洗顔用のコンコルドで止めたマヌケな吉野が出てきた。
戸を開けるなりつっかけたサンダルのまま、ぽかんとする吉野。
「え……?」
なんで、と言いたげな吉野に、わたしはす、っと息を吸い込んだ。
「言わなきゃ、いけないことがあって」
「……あー、いや。あの、べつに森とつきあってんのは見てわかったし、その返事とかはべつに」
突然しどろもどろになって慌てて言い訳する吉野。
「ううん、言う。言わないといけないと思って」
森に背中を、押してもらったから。久々にまっすぐ見る吉野は、なんだか情けない顔をしていた。
決着をつける。
「悪いけど」
前置きに、吉野が目を逸らして唇を噛んだ。
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