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「ありえない」
夜の空の下、わたしはこの世が終わったかのような気分だった。
「いや、だから悪かったって」
吉野がカラッと笑って言う。いつものバカで能天気なサル模様だった。
「なにそれ!? 絶対悪いって思ってないでしょ!」
数時間前。
「あら」
玄関で外国人みたいにハグしていたところに、女の人の声が響いた。
がばっと吉野がすごい勢いで離れる。
わたしも声のしたほうを振り返ると、そこにはショートカットの40代くらいのおばちゃんが、ランドセルを背負った少年と、さらにランドセルを背負った少年よりも少し小さい女の子と手を繋いで買い物袋をぶら下げていた。
「かあちゃん!!」
吉野が声をあげる。
さーっと全身から血の気が引いて、いや、むしろかーっと全身から血が蒸気として出たんじゃないかって思うくらいの恥ずかしさだった。
いや、そりゃ家の前でこんな時間帯に無防備にぎゅーとかしてたら誰に見られても不思議じゃないよね。
だって今ってたぶん六時すぎくらいでしょ? 所謂帰宅ラッシュだよなあ。
「うわー、にーちゃんが女の人とぎゅーしてるー」
「ちゅーしてるー」
「いやチューはしてねえよ!」
「ちょ、バカ!」
バシッと吉野を遠慮なく叩く。
「いってえ! おい今本気でやったろ!」
「ああああ、すいません。今帰ります!」
吼える吉野を無視して慌てて出ようとすると、
「あらあらご飯くらい食べて行きなさいよー。今日はコロッケにしようと思ってたの。コロッケ好き?」
「いいって! ほら行くぞ竹中!」
いつの間にか落としていたらしい鞄とぬいぐるみの入った袋を担いだ吉野が、わたしの腕を引いて歩き出す。
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