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「花ー、帰るよー」
千代が言って、わたしは「うんっ」と大きく返事をして駆け出した。
「え、ちょっと待ってよ」
「かけっこねー、先に信号ついたほうがジュースおごるってことで!」
「ちょっとフライング! ずるー!」
走ると、秋の夜の冷たい風が服の中に入ってきて、ひんやりと冷えた。
大丈夫だ、明日になればまた、吉野はわたしに向かって笑ってくれるから。
「もう、花ぁ。フライングなんてずるいよ!」
後ろから千代がわたしの肩を叩いた。わたしは呆然と、その場に立ち尽くしていた。
信号の向かい側、車の通りが少ないからって、吉野と彼女が抱き合っていた。
「うわっちゃー。やるなぁ、吉野」
それに気付いた千代がそう言った。
「ほんと、よくやるね。あんなの、人目についてあっという間に噂だよ」
精一杯の嫌味を言った。
抱きついていた彼女が、顔をあげて背伸びをした。ああ、と思って目を逸らして歩き出した。
「あ、待って花」
「いこー。なんか恥ずかしくなってきた」
「しっかし、ああいうの見ると吉野も男なんだなーって思うよねぇ路チューですよ」
「そうだね。ああっ!」
「え、なに!」
「わたし炭酸のみたい」
「えー、まさかさっきのじゃないよね? やだよ、あれ完全にずるだったじゃん」
「おいお前ら、うるさいぞ。道の真ん中で」
後ろで男子の声がした。振り返ると、一年生の男バスの面子だった。ただし、そこにはもちろん吉野はいない。
四人いて、そのうちの一人が森だった。森はじっとわたしを見ていて、何もかも見透かしそうな瞳でわたしを見つめていた。
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