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廊下を通る楽しげな声、運動部のランニングの声、足音。吹奏楽部のトランペットやサックスの、突き抜けるような音。
全部が、まるでわたしの背中を押しているんじゃないかと思うほど、足取りが軽い。
教室の前について、短い距離を走っただけなのに心拍数がすごくあがっているのがわかった。は、と息を吐いて、胸に手を当てて息を呑む。緊張ではちきれそう。
よし、頑張れわたし!
ガラッと戸をあけて、ぼんやり時計を見ている吉野くんの名前を呼ぶ。
「拓海」
はっとしたように吉野くんがわたしを振り向く。
どき、と心臓が跳ねる。微笑みかける。
目を丸くしていた吉野くんは、「おう」とも「おせーよ」とも言わず、笑わず、ただわたしを見ていた。
全然涙ぐんでいるわけじゃないけど、なぜか吉野くんが泣いているような錯覚に陥る。
「……なにか、あったの?」
自分の声が震えている。聞くのが怖い。
けど、とてもじゃないけど見ていられなかった。吉野くんの、傷ついたような顔なんて。
わたしはゆっくり吉野くんに近付いた。
「あ、……」
吉野くんが慌てたように目を泳がせて、かすれた声を出した。けど、すぐに唇を噛んで目線を俯ける。あ、泣くのかな。
そう思ったら、いたたまれなくて手を伸ばした。
わたしが助けてあげなくちゃって思った。もうそんな顔見たくないって思った。
「拓海……、」
涙が流れるはずの頬を撫でようと思った。けど、吉野くんはばっと顔を背けてわたしの手をかわした。
ズドン、と、最大級の爆弾みたいな大きな刃が胸の当たりに落ちた気分だった。はっとした吉野くんが、「あ、わ、わるい」と震える声で言った。
なに、これ。
真っ暗。
真っ暗な世界の中で、わたしの心が叫んでいる。
行かないで。
吉野くん行かないで。
嫌わないで。
わたしのこと、嫌いにならないで。
「別れよっか」
ぽつりと、自分の口じゃないみたいな感覚で、わたしの口が言葉をこぼした。
「え?」
吉野くんが息をのむ気配がした。
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