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天使くんはフルートのケースを愛おしそうに撫でた。夜空のような色合いのベロアのフルートケースは格調高く美しい。彼にぴったりだと思った。
「俺も…吹奏楽部だったんだ」
そう話す天使の顔は、どこか悲しげだった。
「でも部活は楽しくなかった…顧問と合わなくて…、あの人のふるうタクトが嫌だった、だから合奏は嫌で仕方なかったんだ」
「・・・じゃあコンクールは?」
「合奏コンクールには出てなかったんだよ、ソロコンとアンサンブルにしぼって個人で活動してた、顧問に価値観を押し付けられるのが嫌で嫌で仕方なかったんだ」
こんな美しく自由なフルートを、誰かの価値観で有様を変えさせるなんて勿体なさすぎると思った。
「俺の音と顧問の求める音が全然違くて…、俺は自分の音を捨てたくなくて…我ながら生意気だよ」
天使くんの音を求めない顧問は合奏の一体性に重きを置いていたのかもしれないが、それ故にここまでの表現力をもったフルート奏者の個性を活かさないなんて、あまりにも勿体なさすぎる。
「そんなことない!君の音を求めないひとがいるなんて信じられないくらいだよ…」
「そう言ってくれて嬉しい…」
天使くんは少し顔を赤らめ微笑んだ。
「高校に行っても音楽はやりたいよ、でも部活は…気がすすまないな」
天使は中学卒業したばかりのようだ。あのフルートは15歳のクオリティではない、やはり天才なのだろうか。
「別に部活に入らなくていいんじゃないか」
「親が…うるさいんだ、結果を出すなら公の場でないとゆるされない」
(あー…なるほど)
俺と少し似たようなところがあるらしい。
天使くんの気持ちはなんとなくわかるかもしれない。
高校にもなって親が部活動にまで過干渉してくる場合、自分でその物事において決める権利なんてないことが多い。
自分の意思と反する要求、もはやそれは命令で拒否権なんてないのだ。好きだったものまで楽しめなくなることさえある。
俺は親とのいざこざで、とある「好き」を嫌いになりかけたから、天使くんにはそうなってほしくないと思った。
「過剰な親の干渉ってしんどいんだよな、俺もそういう経験があるから…少しだけわかるかもしれない」
「来月で高校生なのに…部活くらい好きに決めさせてほしいよ」
「そうだよなぁ、俺は吹奏楽部に入部したけどコンクールには出てないし割とゆるくやってるよ、結果重視の親が見たら嫌がりそうだ」
「コンクールでてないんだ?」
「うちの高校は部員が多いからコンクールはエントリー制なんだよ」
「エントリーしてないんだ? それじゃあ…吹奏楽部ではなにをしてるの?」
「毎日サックスを練習する環境が欲しかったんだよ、…実はジャズ喫茶のライブに出てるんだ。もちろん親には内緒だ」
自分なりの抵抗を天使くんにアピール。親と真正面にぶつかる必要もない、要はバレなきゃいいのだ。
「ジャズ喫茶でサックスを!?」
天使が、目を輝かせて「すごい!」と反応してくれたのがうれしかった。
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