7120人が本棚に入れています
本棚に追加
/95ページ
その日は帰ったのが遅かった。ツレの一人が単車を買ったと言って、まぁ理由も無くツルんでいたんだ。
家に帰って──血を流す女を見た。
どんな力で殴られたのか、男の本気に違いない。等しく左頬に傷を作る女二人と、知る限り右利きの男が立っていた。
父親だった。
母親だった。姉貴だった。
俺を見るなり父親は、忌々しげな目を向けてきた。温厚だった父親の眼に、俺は怯えた。ナイフを取り出す不良なんざより、余程。
ごめんなさいと、誰かが言った。母親だった。十二の時に見た顔を、その日またもや浮かべていた。罪を犯した善人のような、全てに頭を垂れるような表情を。
関わるなと、誰かが言った。父親だった。キサマラと、敵のような代名詞を用いて。
メイジと関わって死ぬのは御免だと。
聞いた事も無い冷徹な声で、そう言った。
母親は謝った。
俺には彼女の犯した罪が分からない。どうすれば防げたのかも分からない。
渚は泣いていた。あんな性格だったアイツが、唇から血を滲ませて泣いていた。どうしようもなく、俺は激昂した。
父親を殴り飛ばした。
母親の前で。姉貴の前で。
俺達は家を出た。家主である奴に命令されて。残した言葉は、「絶対に俺と関わった事をバラすな」。
家族だった証拠は封印された。
母親は言った。「メイジの人が粛正されるの、間近で見たんだって」。渚も俺も口を閉ざした。
母親には一人、メイジの知り合いが居た。母親の母。彼女は孤児院を開いていた。
俺達三人を快く迎えてくれていた。田舎の山合いにある、世間からは少し離れた場所。
──恐らく俺はこの時点で。
──既に見限っていたんだろう。
この世界は、くだらないと。
最初のコメントを投稿しよう!