─黒ココロ─

6/7
7120人が本棚に入れています
本棚に追加
/95ページ
 駆け寄ってきた。風貌の荒い男達の中を走って。女のクセに、怖がりもせず。  俺を最後に殴った野郎が、渚を見て眼を細めた。腐った目の観察は慣れてる。奴は渚を狙っていた。俺の姉貴の、痩せた身体を。  恐らくその日、俺は初めて一線を越えた。一人の目を一つ潰した。倫理観や躊躇。全てを殺して一線を踏み込んだ。誰よりも渚が驚いていた。俺がそうさせた。  姉貴の手を引いて逃げた。使える物は全部使って。殺人鬼のような吹っ切れを目にした雑魚の固まりは、雑魚でしかなかった。  逃げた先は、孤児院で。自分が帰る場所を決めていた事に気付き、呆れ果てた。  血塗れの俺と、痩せた渚。  心の潰れた俺と、心が傷だらけの渚。  諦めた俺と、諦めていない渚。  ──おかえり。  彼女の言葉に、俺は激昂した。どうキレたのかは分からない。全てが苛ついた。  人を愚直に信じ続ける精神。悪に染まる男の中に入って来る無神経さ。自分を差し置いて弟の心配をする優しさ。  全てが嫌悪の対象だった。  そして恐らく、俺は言ってしまった。  ──俺はもう、一人で良い。  渚の表情が歪んだ。あらゆる全てを受け入れるコイツは、たった一点、家族の人間には弱かった。  最低な男だろ?  俺はその時、渚を見捨てた。  涙を流すと分かっているのに、残された唯一の肉親であるにも関わらず、姉貴を安心させる事すら放棄して。  渚を残して、逃げたんだ。  くだらない。し、分からない。  誰が悪い。渚はなにも悪くない。母親だって悪くない。なのに二人は幸せじゃない。  父親の所為か? 血の所為か? こんな世界の所為か? 英雄の所為か?  ──いや。  ──〝俺の所為、だろ〟。  父親を殴らなければ、再生は可能だったかもしれない。母親は過労しなかったかもしれない。孤児院を出なければ、渚は泣かずに済んだかもしれない。姉弟二人でやり直せたかもしれない。渚は諦めていなかった。何度でも手を伸ばしてくれた。じゃあそれを振り払ったのは、冷たく拒絶したのは誰だ。 「……俺だ」  一度始まった思考は止まらず、俺は全てに意味を失った。
/95ページ

最初のコメントを投稿しよう!