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「お主…何者だ」
侍はため息混じりに言った。
あたしは侍の胸の傷にカバンから取り出したハンカチを当てた。
「くっ…」
侍の顔が苦痛に歪む。
「家に来て下さい。ダメそうだったら病院に行きましょう」
あたしは必死だった。
「何故そこまで俺に手を焼きたがる…?」
あたしは止血をしながら昨日の夢を思い出していた。
「いつか逢ったことがある様な気がするから」
侍は目を見開いた。
「貴方にどこかで逢った気がするから」
…自分でもなんでか分からないけど、この人をあたしは知っている。そう断言出来る程の懐かしさを感じていた。
「何を馬鹿げたことを…」
侍は上半身をゆっくり倒した。
静かに目を閉じる。
「俺はお主のことなど知らん」
侍はすっと息を吸った。
刹那の沈黙。
蝉の鳴き声が煩すぎて逆に静寂を感じた。
「このまま死なせてくれぬか…?」
胸に突き刺さる言葉だった。
あたしは首を振る。
「ダメですっ」
侍は笑った。
「もう苦しむのは飽きたんだ」
笑いながら泣いていた。
「罪無き人を斬り、人斬り烏(からす)と呼ばれ、いつしか心を痛めるのにも慣た。國の為に戦い、傷付き、結局は大切な人たちを奪われた…」
侍は顔を手で隠していた。
「生きる意味など、もう俺には何一つ残っていないんだ」
あたしは手のひらで彼の呼吸を感じていた。
「生きる意味などもう何も…」
何故だろう。
自然と涙が溢れる。悲しくて悲しくて涙が止まらなかった。
「あたし、聞きますから。貴方の話し。どんなに辛いことがあったのか知らないけど、聞きます。話したらきっと楽になる」
…あたしもそうだったから。
侍はため息を付き、また笑った。
「お主、名をなんと申す」
「桜。木内 桜です」
「桜か…」
侍は起き上がり、あたしを見つめた。
「何故俺の為に泣く」
困った顔をしていた。
「全く変わったおなごだ」
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