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スコットは一人暮らしだった。中の良い友人はたくさんいるが、同棲するような女性は全くいなかった。それは別に女が嫌いだとか、モテないとか、そういうわけでは無く、毎日が忙しすぎてそんなモノを見つける暇もなかったからだ。しかしそれは瑣末な問題だった。真に決定的な理由は、彼の仕事にあった。
彼は世界の脅威になりうる怪異を調査するSPW財団の秘密部門『超常現象部門』の職員だった。その仕事は秘密主義で、人には話せないし、何よりそんな胡散臭い仕事についている男を信用する女はいなかった。そんなわけで、スコットは自分の女関係についてはもう諦めていたのだ。
日曜日の朝11時のことだった。スコットは久々の休みをダラスの自宅で思い切り自堕落に過ごしていた。目覚ましをかけず、寝たいだけ寝た。窓から差し込んだ日がベッドにかかり、その暑さに耐えられなくなるまで寝た。そして11時を10分ほど過ぎた頃、彼は体を引きずるようにベッドから抜けだした。
いつもの習慣通り、歯を磨くために洗面台に立った。男の一人暮らしは雑多になるもので、なぜか捨てずにとってある古い歯ブラシ達が、バドワイザーの缶の上部を切り抜いたお手製歯ブラシ立てに突き刺さっていた。いつか何かに使えるだろうという考えだった。
口をゆすいで顔を上げる。怪異とは、いつどこで出会うか分からない事故のようなものだ。だからスコットはもう慣れっこだった。慣れっこだったから、この時も叫び声を上げたり精神病院へ駆け込むなどということもなかった。
鏡の向こう側に、一人の少女が立っていた。10歳くらいだろうか。少女は鏡を叩いていた。鏡の向こう側からだ。
スコットは無言で歯を磨き続けた。時折、腰を曲げて泡を吐き出し、再び顔を上げる。少女は消えていない。
どうせ幽霊か何かだろ?と、スコットは思っていた。しかし、なかなか消えないので、スコットは少し慎重に観察を試みた。
鏡には、少女だけが写っているものだと思っていたが、そうではなかった。鏡の向こうはスコットの部屋とは全く違っていた。向こう側に別の部屋が生まれて、鏡はガラスになってしまってその向こうを透過しているようだ。試しに鏡に触れてみたが、向こう側へ行ける、ということはなかった。
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