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最悪なことに、廃屋の周りには建物がなかった。忍びこむには玄関か裏口からいかなければ不味い。なんたって社会人。通報されると社会的に非常に不味い。
スコットは玄関の前に立ってドアに手をかけた。なるたけ堂々と、不動産屋や土建であるように振舞った。
ドアには鍵がかかっていた。が、ピッキング技術なら大学の『探偵部』にいたときにずいぶん練習した。緑の白衣の襟から、一本の針金を取り出した。
この白衣、ただの白衣ではない。袖や襟を改造した際に、幾つもの秘密兵器を内蔵させたのだ。スタンド使いを追うのに、丸腰というわけにもいかない。スコットは表面上ひょうひょうとした男ながら、その実、多くの修羅場をくぐっている。
しかしここまで来て、スコットに一種の不安が芽生えた。あの女の子、実在するのか?
スタンドとは精神の顕現。そして人間の精神とは、無限の謎を秘めている。何が起きても不思議ではない。あの少女が実は疑似餌で、なかにいるのは人を喰う化物という可能性だってあるのだ。何より、少女をさらった犯人もいる筈だ。
「(なんか、すごく帰りたくなってきたよ。)」
その時かすかに、少女の声が聞こえた。もう、退けない。
「急かすなよ。焦らす女のほうがモテるよ。…俺は嫌いだけど。」
スコットはドアを開けた。中は日中だというのに真っ暗だった。すべての窓が閉ざされているからだ。音を立てないように進み階段を登る。明かりはいらない。むしろ明かりは自分の居所を晒してしまう。
難なく東の角部屋にたどり着いたスコットは部屋のノブに手をかけた。
開いた。
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