2人が本棚に入れています
本棚に追加
悲しみ
大橋美智子は、同じ電話番号を何度もコールし続けた。
五回目にして、ようやく電話が繋がった。相手は、夫の大橋巧だ。
『なんの用だ』
不機嫌そうな声が、美智子の耳に飛び込んだ。
何も知らない巧に、苛立ちを覚えた。
「なんの用だじゃないわよ、純平が死んだって、警察から電話がきたの」
多少怒鳴り散らすように、美智子は言った。
巧の返事はなかなか返ってこなかった。
『……悪い冗談はよせ』
ようやく返事をしたと思っても、信じてないようだった。と言っても、声には動揺の色が聞き取れた。
「冗談なんか言うわけないじゃない!!」
美智子は怒鳴った。
巧は再び返事をなかなか返さなかった。
「返事してよ」
美智子は言った。
『……どこの病院だ』
美智子は嫌な顔を作った後、うんざりした声で病院の場所を告げた。
電話は一方的に切られた。
美智子は携帯電話を畳むと、力強く机に押し付けた。
美智子はすでに、病院にいた。純平とも面識済みだ。
純平は安らかな顔で死んでいた。しかし、体は冷たく、生きていないとはすぐにわかった。
美智子は目を閉じた。すると、自然と浮かぶ純平との記憶。家族三人でピクニックに行った記憶、運動会の競争で、純平が一位になった記憶、走馬灯のように流れた記憶は、美智子の目を涙で潤した。押し寄せた焦燥感に、美智子は嗚咽を漏らし、跪いた。
「どうして私の子が」
美智子はそう呟いた。
最初のコメントを投稿しよう!