オープン戦

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<――守りにつきます、埼玉西武ウルフズ、メンバーを発表します……> 球場にウグイス嬢の澄んだ声が流れ出す。 そして、西武の先発選手の名前が次々と呼ばれ、グラウンドに散っていく。 同時に、その背中に、スタンドの大勢のファンからの歓声や拍手が浴びせられる。 「頑張れー!」 「○○ー!今年こそ一軍定着しろよー!」 「期待してるぞー!」 素振りを一旦終えて、ベンチでそれを目にした剛紀は、いつか自分もあのようになりたいと思いを馳せながら、羨みの視線を送っていた。 「おい、樫琶」 そんな剛紀を呼び寄せる男がいた。 「はい」 男の名は、山尾博史(ヤマオ ヒロシ)。 毎年、一軍と二軍を行き来する、渋さの光る打撃が魅力的なベテラン内野手だ。 剛紀が山尾の元へと近寄ると、山尾は剛紀を隣に座らせた。 「どうだ、オープン戦とはいえ、この雰囲気がたまらんだろ」 山尾も剛紀と同じく、グラウンドの上に立ちたくて仕方ないのか、ファンから声援を受ける選手たちを羨ましそうに眺めていた。 「はい、僕も今すぐ飛び出したいくらいです」 剛紀は真面目に、思っていることを言った。 「そうだよなぁ。実際に出てみると、もっと感動するからな」 そう言うと、山尾は視線を選手からスタンドに向けた。 「ファンの力は凄いぞ。毎年ああやって応援してくれる人たちがいるってスゲー実感できるし、そのために頑張ろうと思えるんだ」 山尾の言葉に、剛紀は何度も頷いた。 山尾も、言葉を続けていく。 「まぁ、中には厳しい言葉をくれるファンもいるけどな」 山尾がそう言うと、同時にスタンドからファンが叫んだ。 「加藤くん今日もエラー頼むよ!」 「うるせークソジジイ!黙って隠居してろ!」 「「ハハハハハ……」」 ファンの言葉に、選手が反論し、スタンドは笑いに包まれた。 「加藤のやつ、またやってんな…」 やれやれ、といった感じで山尾は呟いた。 「まぁ、樫琶よ。誰にだってチャンスは回ってくんだ。その時に、しっかりプレーすりゃいんだ。あまり気負わず、準備しとけよ」 そう言って、山尾はポンと剛紀の背中を軽く叩いた。 「はい!」 剛紀が返事を返すと、アンパイアの声が球場に響き渡った。
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