開幕

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打者不利なカウントであっても、剛紀は取り乱す様子はなかった。 むしろ、より落ち着いてきていた。 確かに、中田の直球は剛紀が今まで見てきた中で、一番のものだった。 しかし、剛紀の目にはしっかりとその軌道が見えていた。 「(一球落とせ!新人の要求に応える必要はねぇ!)」 楽天の捕手・嶋谷は、アイコンタクトを送りながら中田にフォークのサインを送る。 だが、中田は首を横に振った。 「!?」 嶋谷は、もう一度中田にフォークのサインを送る。 しかし、それでも中田は頑なに首を縦に振らない。 「(意地になる必要なんてないだろ……!)」 たまらず、嶋谷は中田にアイコンタクトを送る。 「(意地じゃない。直球で、樫琶をねじ伏せる自信があるんだ)」 中田は、右手に持つボールを直球の握りのまま、チョイと剛紀に突き出した。 「!!」 「(あの馬鹿……オールスターじゃないんだぞ!)」 しかし、中田は既に大きく振りかぶり、投球体勢に入っていた。 剛紀は、後ろで聞こえた舌打ちの音を聞き流し、投球を待つ。 「(しゃーねぇな……一緒に心中してやるよ!)」 そして、投じられた三球目。 中田は内角膝元ギリギリいっぱいにストレートを投げ込んだ。 ボールは寸分狂うことなく、空を切り裂きながら捕手のミットに吸い込まれていく。 内角低めの、三振コース。 もし当たっても詰まったファウルにしかならないと言える、最高のコースだった。 剛紀の足が大きく踏み込まれる。 「(よし、三振――)」 ボールがミットに到達する前に、中田と嶋谷は長い経験から三振だと悟った。 しかし、球場に響いたのは、よくならした皮の音ではなく、乾いたバットから放たれた轟音だった。 【ゴォン!】 一瞬、静まり返る球場。 凄まじい音とともに、目にも留まらぬ速度で、ボールがレフトスタンドのポール際を襲った。 「え――」 何故あのコースが打たれる? 中田・嶋谷バッテリーは、目を点にして打球を追った。 「(切れろ――!)」 その思いが届く前に、あっという間にボールはスタンドに突き刺さり、審判のコールが響いた。 「ファウルボール!」
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