開幕

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審判のコールが響くと、満員の球場は大歓声から溜め息に変わった。 ボールとポール間、僅か十センチの差。 若辺は主審に確認をとるために、ベンチを出る。 「(とんでもねぇ18歳だな……)」 剛紀の打撃に対し、驚きを隠せないでいる嶋谷。 受け取ったボールを持って、中田の元へと駆け寄ろうとするが、中田はそれを制止した。 「大丈夫です、抑えます」 今の一球で目が覚めたのか、中田は沸々と湧き出てくる闘士を身に纏わせていた。 その様子を見た嶋谷は、特に何も言うことはなく、ただ中田にボールを手渡し、ミットを一回叩いた。 嶋谷が戻り、主審が若辺から解放され、剛紀は打席の足場を均した。 そして、中田、剛紀とも位置につきピタリと静止する。 約18メートルの世界、その中で2人、ピンと張り詰めた緊張感の中で、極限まで集中力を高める。 もはや、嶋谷が入り込む余地すらない。 ただ直球のサインを送るだけで、中田の直球がミットに収まるのを待った。 そして、ようやく始動する中田は、振りかぶって剛紀を睨む。 まさに、鬼の形相と呼ぶにふさわしい勝負師の顔だった。 投球動作は先ほど同様、スムーズに流れ、その剛腕から白球が放たれた。 対する剛紀も大きく足を踏み出す。 コースは――。 【ズドォン!】 よくならしたミットの音。 スイング音。 「ストラックアウト!」 審判の声。 「っしゃあぁぁぁ!!!!!」 中田の雄叫び。 球場に響いたのは、どれも剛紀の凡退を意味するものだった。 「あぁー……」と、球場からは先ほどよりも深い溜め息に包まれた。 駆け足でベンチに戻る剛紀に、拍手が送られたものの、剛紀の胸中は悔しさでいっぱいだった。 「くそ……!」 拳を握り悔しさを露わにする剛紀。 「残念だったな」 そんな剛紀に若辺が声をかけた。 「惜しかったな。結果は残念だったが、その悔しさを忘れるなよ」 若辺はそれだけ伝えて、剛紀から目をダイヤモンドに移した。 激励するでもなく、慰めるでもなく。 「はい……」 この時の剛紀には、若辺のこの言葉の真意には気付かなかった。 樫琶 剛紀 18歳 プロ初打席……空振り三振 20XX.3.28 楽天戦 対戦投手 中田 将人
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