29人が本棚に入れています
本棚に追加
「(ここで打たなきゃ、クリーンナップ失格だな……)」
打席に向かう剛紀は、以前の打席までの汚名を返上すべく一際気合いを入れていた。
今回同様、二打席目は「今度こそ」と挑んだが、ストレート二球でカウント1-1になったところで、伝家の宝刀スライダーに体勢を崩され、セカンドへの凡フライに終わった。
空振りしなかっただけでも、まだこの打席に繋がっている希望がある。
並みの打者なら…いや、並み居る大打者たちをキリキリマイさせてきた中田のスライダーに、食らいついたのだから。
かといって、一切の安心は出来ない。
ここにきて中田は、このゲーム初の長打を許し、ピンチを迎えたわけだが、球威は全く落ちていない。
そのうえ、ピンチになればなるほど球威を増し、容赦なく打者をねじ伏せるタイプである。
ここまで、2タコの樫琶が打てる可能性は、ほぼ0に等しい。
気合いではどうにもならない、経験と実力の差は埋まらない。
ここで、ベンチのベテラン選手や代打の切り札を投入するのも手だ。
しかし、若辺は剛紀を代えようとはしなかった。
「監督、左の高田に代えますか?」
打撃コーチが、若辺に提案する。
それを聞いた若辺は不適に笑い、顔をグラウンドに向けたまま答えた。
「俺は樫琶を、このチームの中で活躍出来ると踏んだ10人の内の1人に選んだんだ。ヤツが打てなきゃ、俺の責任だ」
と、若辺は大きな期待をかける。
「ですが……」
納得のいかない様子の打撃コーチが何か言い出す前に、バッテリーのサイン交換が終わってしまった。
「……デビュー戦、一矢報いるかそれとも、このままねじ伏せられるか。今後の樫琶に、今日ほど重要な試合はないんだ」
呟くように、しかしハッキリと言う若辺に、打撃コーチはこれ以上何も言おうとはしなかった。
最初のコメントを投稿しよう!