開幕

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「(ここで打たなきゃ、クリーンナップ失格だな……)」 打席に向かう剛紀は、以前の打席までの汚名を返上すべく一際気合いを入れていた。 今回同様、二打席目は「今度こそ」と挑んだが、ストレート二球でカウント1-1になったところで、伝家の宝刀スライダーに体勢を崩され、セカンドへの凡フライに終わった。 空振りしなかっただけでも、まだこの打席に繋がっている希望がある。 並みの打者なら…いや、並み居る大打者たちをキリキリマイさせてきた中田のスライダーに、食らいついたのだから。 かといって、一切の安心は出来ない。 ここにきて中田は、このゲーム初の長打を許し、ピンチを迎えたわけだが、球威は全く落ちていない。 そのうえ、ピンチになればなるほど球威を増し、容赦なく打者をねじ伏せるタイプである。 ここまで、2タコの樫琶が打てる可能性は、ほぼ0に等しい。 気合いではどうにもならない、経験と実力の差は埋まらない。 ここで、ベンチのベテラン選手や代打の切り札を投入するのも手だ。 しかし、若辺は剛紀を代えようとはしなかった。 「監督、左の高田に代えますか?」 打撃コーチが、若辺に提案する。 それを聞いた若辺は不適に笑い、顔をグラウンドに向けたまま答えた。 「俺は樫琶を、このチームの中で活躍出来ると踏んだ10人の内の1人に選んだんだ。ヤツが打てなきゃ、俺の責任だ」 と、若辺は大きな期待をかける。 「ですが……」 納得のいかない様子の打撃コーチが何か言い出す前に、バッテリーのサイン交換が終わってしまった。 「……デビュー戦、一矢報いるかそれとも、このままねじ伏せられるか。今後の樫琶に、今日ほど重要な試合はないんだ」 呟くように、しかしハッキリと言う若辺に、打撃コーチはこれ以上何も言おうとはしなかった。
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