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戻ってきた剛紀に、滑り止めスプレーを渡しながら、中山は言った。
「気持ち良いぐらいに振らされてるな、樫琶」
剛紀に余計な緊張を与えないためか、その口調は穏やかだった。
「はい……流石、中田さんの球は予想できません」
剛紀が弱々しくそう呟くと、それまで目の前にいた中山が剛紀の肩を抱いた。
「樫琶、今のお前があいつの球を、予想で打つなんて芸当は出来やしないぞ」
自信なく呟いたものの、こうもキッパリと否定されると、余計にショックを受けるものだった。
「そ、それでも、球種くらいは絞って振らないと、俺が打てる確率は0に等しいです」
半分は反論、半分はどうしたらいいのかアドバイスを請うため、剛紀が言い返す。
「…………」
対して中山は、剛紀の肩から手を離し、歓声の大きい球場の中でも、ハッキリと聞こえる声で答えた。
「打席で迷った時点で、打者は負けなんだよ。お前は、打席で考えすぎ」
そう言われ小突かれる剛紀は、中山の指摘に思い当たる節があり、グッと悔しさを滲ませた。
そんな剛紀の様子を見て、中山は剛紀の尻を思いっ切り叩いた。
「痛っ!」
「なにも考えずに食らいついてみろ。思い切りのスイングほど、単純で怖いものはないぞ」
最後にそう伝えて、中山はベンチに戻っていった。
「ちょ、それだけですか!?」
あまりにも漠然としていて、単純なアドバイスに剛紀は戸惑った。
「樫琶くん、長いよ!」
しかし、主審から打席に戻るよう催促され、やむなく気持ちを切り替えた。
中山のアドバイスを全て受け入れて打席に挑んだ。
――もうどうにでもなれ!
半ばヤケクソ混じりに、気合いを入れ直した。
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