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「一回、ランナーなし!ノーアウト!」
コーチの指示で、ケース打撃練習が始まる。
「ふー……」
活気のある声がグラウンドに響き始めた頃、物憂げな様子でベンチ前に佇む初老の男が、大きく溜め息をついた。
「どうしたんですか、溜め息なんかついて」
隣にいた小太りな男が声をかけると、初老の男は背中を丸めて言った。
「いやね、ここ近年でウチの球団はかなり力を付けてきたと思うのよ。それは周知の事実だね?」
初老の男の問い掛けに、うんうんと頷く小太りの男。
「でもね、徳利コーチ。あたしは思うのよ」
そこで一旦、言葉を区切った初老の男は、目線をグラウンドの二軍選手から空に移した。
徳利(トクリ)と呼ばれる男も、つられて空を見上げる。
初老の男は続ける。
「確かに今のウチは強い。黄金期だね。でも、そのせいで二軍で燻っているこの子たちは、活躍の場が限られ、いずれ飼い殺されるかも知れないんだよ」
目線をグラウンドの選手たちに戻した初老の男に、徳利は尋ねる。
「…と言いますと、つまるところ一軍が強いと困るということですか?相賀監督」
「うーん……間違っちゃいないけど、あたしの言いたいこととそれとは全く違うね」
相賀(オウガ)と呼ばれる初老の男は、白髪混じりの頭を撫でながら答えた。
「レギュラーはほぼ固定されて、一軍と二軍の格差は広がる一方。しかし、強い一軍のおかげであたしたちもうまい飯が食える」
相賀がそこまで語ると、徳利は腕を組みながら尋ねた。
「じゃあ、なんですか。監督は、今のウチの好調な状態を崩しかねないリスクを犯してまで、二軍選手たちを一軍に起用しろと言うんですか?」
対して相賀は苦笑いを浮かべた。
「そこまでは言ってないよ。ただ、その時好調な選手は、一軍の舞台でやらせる機会があってもいいじゃないか」
相賀が自らの展望を語る一方、今度は徳利が溜め息をついた。
「彼らが二軍にいるのは、一軍より能力が劣るからでしょう。上の人たちも、危ない橋は渡りたくないでしょ」
腰に手を当て、うーんと唸る相賀。
「徳利コーチ、それは偏見だよ。選手を育てる人間が、一番持っちゃいけない」
物申す徳利に、相賀はやんわりとその意見を否定した。
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