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「今年は仲間内に夢を持たせてくれるようなルーキーもいたのに……。まぁ、すぐにこっちに来ちゃったけどね」
相賀の言うルーキーとは剛紀であり、若い剛紀が一軍への壁に風穴を空ける存在として密かに期待を寄せていたことを明かした。
「樫琶のことですね。しかし、あいつは若辺監督の推薦がなければ二軍スタートの予定でしたが……」
会話を重ねるうちに体温も増してきて、徳利は羽織っていたグラウンドコートを脱いだ。
「実力は確かにあった。だけど、一軍ってのはそれだけじゃ生き残れない。そんなこと、みーんなわかってたよ」
カラカラと笑い、当たり前だというように相賀は言い飛ばした。
「同じことを一軍の打席で感じることが出来た、というのが重要なんだよ。どうやら若辺とあたしは似た考えを持っていたようだね」
なるほど、と感じた徳利だったが、それでも納得とまではいかなかった。
「でも、少なからず選手たちから不満は出てましたよ。樫琶を上げるなら俺も上げてくれって」
「あたしの見る限りでは、そんなことを言う資格のある選手は一人として見受けられないんだけどね」
そう言う相賀の嘘偽りのない静かな口調に、徳利は背筋を冷やした。
「彼は、一軍の壁に小さな罅を入れてくれたんだ。おそらく、その壁を壊すのも彼だ」
さっきまでとは違う力のこもった言葉に、徳利は何も言い返すことは出来なかった。
「そのために、あの男を招聘したんだよ」
そう言って、相賀はベンチ裏へ歩き出した。
唐突に言い出す相賀に呆気にとられてから、徳利は後を追った。
「も、もう来ているんですか、あいつが!」
息を荒げる徳利を一瞥しながら、相賀はニヤニヤと口元をゆるませた。
「こらこら、キャリアで言えば彼は雲の上だよ。口調には気をつけなさい」
そう言って笑う相賀に対して、「あんたも俺と変わらないじゃないか」と徳利は心の中で悪態をついた。
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