赴任

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「先生はここで何してるんですか?」  ごもっともな質問に、俺はなんと答えていいか分からなかった。 「俺は、今日からここで働くことになってさ」  彼女は興味があるのか、ないのかよく分からない顔で俺の話を聞いていた。 「ちょっと散歩してたんだ」  ふーん、とやっぱり興味なさそうな相槌を打って、彼女はしゃがみこんだ。不意に俺を見上げる目は、ほとんど黒目なんじゃないかというほど真っ黒だった。  可愛い、と思った。 「じゃあ、私も授業行きます」  火種があった場所を枝で突いて、リュックサックを背負いなおすと立ち上がった。授業あるのかよ。 「ちゃんと授業は出とけよ、損はしねえから」  その言葉は無視されて、彼女は歩き出した。名前ぐらい聞いておこうかと思ったが、溢れ返る学生の一人だと思い直してやめた。 「コーヒーありがとな」  彼女は振り返って、またふっと空気を揺らすように笑うとそのまま講義棟へ消えていった。
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