赴任

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 少し落ち着いたのか、砂崎の息切れは収まったようだ。辺りを見回している。 「先生の家、電気ないんですか?」  天井を見上げて言う。 「ああ、まさかリビングのライトは自分で用意しないといけないと思わなくてさ。他の部屋はついてんのに、なんでってなった」  今の所、前の家から持って来た背の高い間接のフロアライトだけ。 「ごめんなさい。おじいちゃんに言っておきます」  そうだった。このマンションはこいつのじいさんが所有しているんだった。 「いい、いい。入居早々クレーマーでしかもお前の大学の講師だなんて気持ち悪いだろう」  大学の講師とか口にしたからか現実が戻ってくる。まだ正確には初めましての段階で、こんな状況になるとは思ってもいなかった。講師と学生じゃなくても普通初対面の相手と飲んで家に上げるなんて有り得ない。  腕時計を見ると、午前0時になろうとしている。 「どうしますか、先生」  俺の様子を察知したのか、彼女から俺のセリフが出る。 「私、このパーカーとソファをお借りできれば、十分です」  レベル1のモンスターは無防備にコマンドを選択した。 「いや、いいよ。俺がソファで寝るから、お前はベットで寝て。昨日1回寝ちゃったけど、まだ新品中古ぐらいの感覚でいけると思うから安心して」  冗談を言ったつもりだったが、真顔で「新品中古」と神妙な顔をするから、嫌だったのかと思い、変に間が生まれる。 「なに?」 「新品中古ってどっちなんでしょう。中古なのに新品みたいなのか、新品なのに中古なのか」 「どっちも一緒だよ」  すかさずツッコミを入れたが、彼女は新品中古?中古新品?とブツブツ言っている。言葉に引っかかりやすいタイプだな。 「いいから、もう寝る準備しようぜ」  俺が洗面台へ向かうと後ろからついて来た。 「間取りとか全部お前んちと一緒だろうからわかると思うけど、」  予備の歯ブラシを砂崎に出すと鏡ごしに背後の彼女と目が合う。洗面所の光ではっきりその顔が照らされ、さっきまで外や暗い部屋の中であまり意識していなかったリアリティが押し寄せる。 「これ、使っていいから」  恥ずかしさがせり上がってくる。鏡に映っているからか、妙に俺と砂崎の距離が近く見える。実際は彼女が少し後ろに控えめに立っているだけなのに。 「ありがとうございます」  すっと背後から洗面台を眺めて、「うちのと全く一緒」と確認する。 「じゃあ、歯でも磨いておいて。ちょっと寝室片付けてくるから」  同じ空間にいては絵的にも自意識にも耐えられそうになかったから、俺はその場を後にした。
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