赴任

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 翌朝、俺が起きたら砂崎はいなかった。  一応砂崎用に7時に目覚ましをかけておくとか言いつつ、俺はシャワーから出て、ソファに座ってまどろんでいる間に寝落ちしてしまったらしく、自分に普段からかけている8時のアラームで起きた。  一瞬砂崎のことを忘れて、なぜ自分がソファで寝ていたのか分からなかったが、コーヒーテーブルに置いてある見慣れない文字のメモを見て思い出した。 《おはようございます。学校行ってきます。昨日はありがとうございました》  その簡潔な3行だけだが、昨日何が起こったのか思い出されて、俺は頭を抱えた。 「どうするよ、俺。豊橋先生に言うべきか」  砂崎がどう振る舞うか想像はつかないが、俺も酒を飲んでいて、正直家に着くまでのことはあまり覚えていないし、家で彼女を介抱?保護?したなんて知れたらややこしい。  逡巡しながら、とりあえず砂崎のメモは出来るだけもう見なくて済むように、テレビボードの下にしまった。  身支度を始めると、いい感じに現実が訪れ始めた。顔を洗って髭を剃り、歯を磨く。冷凍していたパンをトースターで温め、インスタントコーヒーを淹れる。今日の予定を確認しながら食事をする。鞄に今日から使う手帳を入れ、昨日よりややカジュアルなスラックスとシャツを着る。髪をセットし、軽く昔から使っている香水を振る。  上着を羽織り、革靴を下駄箱から取り出す。 「ほら、もう完璧」  靴べらをしまい玄関を開ける、寒いが空気は澄んでいて、今日は一日晴れが続きそうな空が映った。昨日捨てそびれた引越しで出た幾らかのゴミを持って出る。  新しいことは怖いが、ようやく先生と呼ばれるところにたどり着いた自分に胸を張りたい。清々しい気分だ。  ゴミを捨てにエレベーターとは逆の非常階段から降りようと、マンションの廊下を歩く。  そしてふと目につく。 「なんで」  そこは3006。ドアに鍵が挿さっている。もちろん無人である。
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